2011年8月2日火曜日

エピソード5【記憶】 「七年前の秋」

以下の3つの記憶シーンで100-120秒を構成
9月中旬の撮影次第で加減あり
2011.8.2


七年前のお月見 40秒

http://www.youtube.com/watch?v=NmtwzaZ1yhM   








七年前の庭先探検隊 25秒

http://www.youtube.com/watch?v=yhjVnctwObc   






七年前のミニコンサート   








エピソード4【記憶】 「七年前の夏」

以下の5つの記憶シーンで100-120秒を構成
24日の撮影次第で加減あり
以下の内容は使用するという想定で先行音整理を
2011.8.2


七年前の線香花火   

http://www.youtube.com/watch?v=Jwb1d470Nx0






七年前のバーベキュー   







七年前の夏祭り

http://www.youtube.com/watch?v=H_b6PZWtJbI   





七年前の宿題づくり

http://www.youtube.com/watch?v=mdHHmwg_9zA   






七年前の幻燈会

http://www.youtube.com/watch?v=OGB0BlvZuMA   








2011年8月1日月曜日

二つの小学校


http://www.koganet.ne.jp/~koga1e/
「樹齢100年を越える木々に包まれ、学習に取り組む子供達。
本校児童は、明るく元気、そして上品である。
「一小のイメージカラーは何色?」と尋ねると、多くの児童は「緑」と答える。

丘の上には、低学年校舎が楠の大木に守られてたたずみ、中段には、高学年校舎が、
春の桜の花びらや秋の金木犀の香りに包み込まれ、優しく建っている。 
朝、赤門から元気な声と共に子供たちが姿を現す。
その声を聞いて、動物小屋のヤギの鳴き声が響きあう。

業間や昼休みには、起伏豊かな丘を汗びっしょりになって駆け回り、
夕暮れ、また子供達は赤門から友達と語り合いながら家路に急ぐ。

100年以上繰り返されてきた光景である。
敷地の北側は、江戸時代、武家屋敷であり、
有名な古河藩家老鷹見泉石が生まれた屋敷もあった。
東側は肴通りと称する道があり、蔵造りの商店街が並んでいる。
生活科や社会科の学習では、子供たちが目を輝かし、歴史を学びながら、
地元の名産を知ることができる。

その一つ猿島茶に関しては、お茶給食として、
近所の製茶店ご夫妻に手ほどき受けている。
自校給食の献立にも、お茶の新芽を入れたかき揚げがあり、おいしくいただいている。

江戸時代、校庭にあたる所はお堀で、その真ん中を東西に伸びる道があった。
徳川将軍の社参の際は、将軍行列が通り過ぎたと言われている。
全国に小学校は多けれど、敷地内を将軍の大行列が通った所は珍しかろう。」




http://www.town.miyashiro.saitama.jp/WWW/gakkou.nsf/01KASAHARA?OpenFrameSet
◆子どもの楽園「竜宮城」
 埼玉県宮代町の「東武動物公園」東ゲートのすぐそばに2階建ての建物がある。看板を見落とすと、動物公園の施設の一部と間違えそうだ。
 ここは町立笠原小学校。瓦屋根に薄れんが色のコンクリートの壁。中国風のような趣の校舎を子どもたちは「竜宮城」と呼ぶ。山小屋が並ぶリゾート施設のような棟もある。
 校舎ができたのは開校翌年の1982年。「象設計集団」(東京)の建築家・富田玲子さん(72)は、幾棟もある大きな農家や、何軒かの農 村集落の雰囲気を作り出そうと考えた。「学校は街」「教室は住まい」「学校は思い出」がキーワードだった。「一日の大半を過ごす学校を、楽しく気持ちの良 い場所にしたい。じっとしていないで走り回ってほしい」と設計した。
 子どもたちにとって心地良い場所があちこちにある。風と光を取り入れた自由な空間にしようと、廊下は吹き抜け。廊下の天井には星座が描かれ、教室に数人でおしゃべりできる小空間もある。
 当時の教師から「裸足で過ごせるようにしたい」と提案があり、2階の教室からでも外へ飛び出せるように昇降口を増やした。靴を履いても良 い冬季を除き、子どもたちは登校すると、靴も靴下も脱いで授業を受ける。休み時間には裸足のまま飛び出し、芝生の中庭を走り回る。開校30年を経て成長し たスダジイは「木登りの木」だ。
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000681101170001



寂寞。そして寂寥。



裸の王様。


は、裸でも王、だった。
名もなき者は、ただの愚者にすぎない。



おれは、ひとりの愚者である。





2011年7月31日日曜日

エピソード4エピローグ《星空映写会》



3~2.同公園。住民たち。
映写幕の左端から少し離れた芝生。
音大生4人、無心で演奏している。

その手前の芝生に広げられた花ござの上。
相馬匡と茉奈をはさんで、ひなた涼子、
こばやしママ、こばやしきょうこ、
そら、ひなたゆうの7人が、
昼間つくった絵巻物をのぞきこんでいる。
足下に置かれたランプの炎が、
その顔を淡く浮かび上がらせている。




すこし離れた場所の作業台。
卓上のガスコンロから
うまそうな煙が上がっている。
煙に顔をしかめながらうちわを使うサワモトさんと、
手伝っているなかにしもえか。
足下で、やまもと夫妻の愛犬さくらが尻尾を振っている。
卓上には、材料とさまざまな飲み物類が並べられている。

その近くに並べられた色とりどりのイスに座った
やまもと夫妻となかにし夫妻。
飲み物を手にスクリーンに見入っている。
その後ろ姿のシルエットを
大映写幕の明かりが浮かび上がらせている。

映写幕。画面いっぱいに、大輪の花火。

並んだ顏。
こばやしきょうこ、そら、ひなたゆうの3人の横顔。
ひなた涼子、こばやしママの2人の横顔。
相馬匡と茉奈2人の横顔。それぞれ花火に見入っている。
全景。ゆっくりとクレーンアップしていく。





以上のシーンに次の言葉が重なっていく。


「まだまだあなたたちの
世話にはならないよ」と、
母は元気に笑うけど。

子は親を離れ、子は親になり、
そして、子は親を思う。

家族はつづく。




「窓の外のブレア島」1924 エピソード5プロローグのきっかけ


Window with View on the Island Bréhat, c.1924

「窓の外のブレア島」

1924年のシャガール
この一枚の窓辺の絵がエピソード5
プロローグ60秒のきっかけ
2011.7.31



なお同じ時期に描かれた窓に
「窓辺のイダ」がある。






窓について ウィキペディアより

ヒト(ホモ・サピエンス)はアフリカの草原で発生したという説が有力で、当時は木や草を利用した簡単なシェルターで雨風をしのぎ、窓に相当するものは存在しなかったと考えられる。その後、道具や技術の発展で住居が発達し、窓が作られるようになった。のブロックを積み上げたり、土を練って塗り固めた壁に開けられた穴は、当初は完全な穴だった。後に開口を外側が狭く、内側が広くすることで厚い壁でも幾らかでも多く採光しようとした工夫が、文化圏の別なく見られる。
後に窓に窓枠をはめ、四角い窓に四角いで蓋が出来るようにしたものが登場したと考えられるが、これは文化圏にもよって、跳ね上げ式の蓋や観音開きの蓋、あるいは鎧戸のように複数の板を組み合わせ外気を通すよう工夫されたものや、透かし窓が開いているもの、ガラスなど透明素材を組み込んだものなど多様化、後に金属加工技術の発達にも伴い、様々な様式が発達したと考えられる。

日本では竪穴式住居の時代には天井部に採光用と排煙用の開口部が見られたが、これには庇が設けられ、雨は吹き込まないようになっていた。その後日本家屋の技術が発達して障子のようなを使った採光用の窓が長らく利用されていたと考えられる。この障子は開け放つことで換気の用も足し、また梅雨など湿度が高い季節でも建物の広い開口部にもより、晴れ間には開放して換気させ易い様式が発達したと考えられる。
後の洋風建築が導入されるようになった文明開化当初から昭和中期ごろまでは、様式の窓は窓枠やガラス板を支える枠組みは木製のものがほとんどだったが、工業の近代化にも伴っての窓枠が、更にはアルミを中心とした金属製(サッシ)が多くなっている。
現代的(先進国における)な窓プライバシー対策としては、建築物の窓には型ガラスやフィルムが用いられ、自動車の窓にはスモークフィルムなどが貼られる場合がある。ガラスは強い衝撃を受けると割れてしまう素材でもあるため、防犯のために合成樹脂のフィルムを接着した防犯ガラスや、火災の熱による変形を抑えるために金属線を挿入したラス入りガラスのような機能性ガラスも利用されている。
近年では地球温暖化などを背景に省エネ目的で、照明代替としての採光機能を高めるため、開口部(窓)の面積が大きくなる傾向がある。ここで開口部でロスしがちなエネルギーは、断熱機能の高い複層ガラスエコガラスでロスをセーブされ、エアコン負荷の少ない快適で明るい居住空間の形成がなされる。



    カメラはクローズアップで、

    この窓辺をゆっくりと
    時をさかのぼっていくように
    左から右へ60秒かけて、移動していく。 










人を捨てるなら九月 

船を出すのなら九月 
誰も見ていない星の九月
人を捨てるなら九月 
人は皆 冬の仕度で夢中だ

船を出すのなら九月 
誰も皆 海を見飽きた頃の九月
夢をとばすなら九月 
たくさんの愛がやせる九月
海へ逃げるなら九月 
知らぬまに夜が誘いをのばしてる

人を捨てるなら九月 
誰も皆 冬を見ている夜の九月
船を出すのなら九月 
誰も皆 海を見飽きた頃の九月




今日、新月。
起きてからずっと
中島みゆきの「船を出すのなら九月」をリピート。
九月用のエピソード4
九月に撮り仕上げるエピソード5
いろいろな意味で
この歌が胸にのしかかる。

今年は8.6が新月から七日目。ロケハンの日

国立天文台では2001年から、
「新暦7月7日はたいてい梅雨のさなかで
なかなか星も見られない」という理由で、
旧暦7月7日を「伝統的七夕」と呼び、
その日の新暦での日付を広く報じている。
ただ、「旧暦」は現在は公には使われていないのに
国の機関が「旧暦」で定義することはできないため、
「伝統的七夕」の日は、旧暦7月7日に近い日として、
「二十四節気の処暑
(しょしょ=太陽黄経が150度になる瞬間=8月23日頃)
を含む日か
それよりも前で、処暑に最も近い朔(さく=新月)の
瞬間を含む日から数えて7日目」と定義している。

ウィキペディアより





獅子座新月 am3;40



獅子座、金星、天王星

窓を開け、風を入れる。
第二章。vol.4/5へ。


飢えを自覚すること。
渇望すること。
とどまらないこと。




am3;54  震度5強。震源地福島沖







2011年7月29日金曜日

8.24分水嶺へ


From: 益子自宅 
Date: Fri, 29 Jul 2011 00:05:55 +0900
To: 夢工場ml東京WG , 湯治部07 
Subject: 永遠の嘘を

改定編集の終わりに
編集室で出た、みゆき&拓郎inつま恋2006は↓

この間、これを聴き、観たのは
古河利根川の土手だった。
5月13日金曜日。雨。
「エピソード4家族はつづく…」篇をプレゼンした後
反応を知りたくて帰れずに土手で時間をつぶしていた時。
この時点で「日はまた、昇る」seriesは中止だった。
佐藤さんからの電話を受け、
芳流に向かったことだけを記憶している。
前に進めるか、止まるか、まだ五分五分だった。

Series3本目の仕上げとなる「家族はつづく…」篇は
この日に満を持して用意したシンボルプランだった。
あのプレゼンの日にいあわせたすべてのひとが
すごいな、ゴーさせてよかったな
と、満足してくれる一本になるか、否か。
Seriesがさらに進化し深化していく価値があるのかどうか
自らに問うことになる分水嶺、である。

と、書いておきたい。

   2011.7.28夜 T.M


> From: "T.M携帯" <mc-mashiko@docomo.ne.jp>
> Date: Fri, 13 May 2011 18:58:15 
> To: 夢工場ml東京WG , 湯治部07 
> Subject: [yumekoujou:03523] 永遠の嘘を
> ついてくれ、を土手で聴きながら、芳流に決定。 
この歌はしかし、広告屋の心意気だな(^-^)


2011年7月27日水曜日

一ヶ月前の檄。2011.6.27発

ちょうど一ヶ月が過ぎ
同じ日付で次の2タイトルのシナリオが完成。
鞭打つために、大言を転載。 2011.7.27 23;45


> From: 益子オフィス
> Date: Mon, 27 Jun 2011 22:30:09 +0900
> To: 夢工場ml東京WG , 湯治部07 
> Subject: ではあした、そのふるさとの駅で
> 各セクションスタンバイOK?
> 明日、
> 4年ぶりの夢テアトル映像制作を、再開します。
> ファーストカットは山の奥の渓谷にある
> ふるさとの駅。その「春まっさかりのホーム」です。
> お日さまも雨降りももどん曇りも
> 雪以外はすべて、GO!
> だれも見たことのない
> そしてだれのこころにも秘められているはずの
> 「あなたが帰っていきたくなる場所」。
> そこに待つ、元気で健やかに暮らしているはずの
> あなたの父、母、祖父、祖母…
> あるいは会いたくてたまらなくなるひとたち…
> 明日行く「ふるさとの駅のホーム」とは
> そういう想いの原型であります。
> ニッポンの、原風景としての
> どこにも存在しない、
> しかし確かに胸の内に在る、「ふるさと」。
> その場所で育ちその場所から遠く離れた
> むすこたちやむすめたちが
> あたらしい家をつくり子を育て
> ときどき無性になつかしくなる「場所」。
> それが明日撮る「ふるさとのホーム」です。
> そして明後日、撮ろうとする
> 「ふるさとの家の茶の間」と
> 「ふるさとの家の夏の縁側」です。
> 東京で生まれた人も
> 熊本で生まれた人も
> 青森で生まれた人も
> 目を閉じて「ふるさと」というコトバをつぶやいたとき
> 脳裏に春霞のように浮かぶ場所、それこそが
> ひとりひとりにとっての「ふるさと」なのだと思います。
> あしたみんなで撮るのは、その「思い浮べる場所」。
> というわけで、明日。
> 午前10時。わたらせ渓谷鉄道の終点近くの山間の無人駅
> 本番では桜が舞い散るはずの、そのホームで会いましょう。
> 本編一気に2本撮り。
> 七日七夕には古河でBD初号試写という
> 綱渡りのようなスケジュールだけど
> これは、ただの序曲にすぎません。
> 4年ぶりの330inchHDスクリーン専用映像づくりの
> カンをとりもどしながら、笑顔で最高のシーンをゲットしたい。
> では、行くぜ。
>     2011.6.27 夜 益子拝




エピソード1【思いで】篇 毎年4月1日から5月15日まで上映



2つの新movieが完成しました。
以下はスタッフのチェック用です。

1本目はepisode3【夏の楽園】篇 5分版
今月七日。七夕に公開し八月中旬まで上映予定です。
episode3【夏の楽園】篇
http://www.youtube.com/watch?v=JJ0_6DtpRq4






もう1本はepisode1【思いで】篇 5分版
来年2012年の4月1日から5月半ばまで上映予定です。


episode1【思いで】篇
http://www.youtube.com/watch?v=KZAwzbQPPo4





















2011年6月11日土曜日

組と部と 2011.6.10夜

音楽Pはもつれそうな話のあい間に
巧妙に古い作品をふたつ(MoMo!とスバル)ばかりあげて、
あれはよかったよねぇと横を向いて見せた。
六本木で長いこと飯食っているとこんな手管を身に付ける。
暴対法後のヤクザみたいだなおまえ
と言ったら、聴こえないふりされた。

店の前にカブ90cc。
こんなのにまたがってんのかよ、と言ったら、
いつ死んだっていいんだよぉ、
と捨てぜりふと排ガス残して消えていった。



曲がり角がしばらくない道なので、
しかたなくとろとろ去っていくカブを
最後まで見送った。
カブで死ねるかよ、と思いつつ。

音楽Pに押し切られた。
涙浮かべた怒り顔で週末の夜に
一歩も退かないIの才能を、
おれは深く愛しておるので、
ことごとくすべてを妥協。

別れてから渡辺とつけ麺やに。
ため息つきつつ残さず食べた。
東京城南金曜夜、雨が降り出した。
家に帰って、
オーティス・レディングを聴いた。


井口がポツンと呟いた2本の1本目は「スバル」。
2本目が「MoMo!」だったこと。
朝見さんのことも出たこと
すえちゃんに伝えてください。
おれは「組」という業界語が大嫌いだけど、
「MoMo!」だけは「ももぐみ♥」と決めていること、
組員の名前には錦織、末永、西村が刻まれていることも、
中年らしいふてぶてしさもにじみ出てきたように見える
この写真の男に伝えて欲しい。




ちなみに「スバル」が生んだのは「部」だよ。
あの湯治部、ね。


2011.6.10深夜 T.M