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撮影場所:奄美大島、犬吠埼、若草山、隅田川、多摩川、八幡平、仙石原、利根川、早坂高原
さてどこに行けるか。どこまで行けるか。流れる雲まかせである。行雲流水、である。
4年前の9月。京都の近くでロケのあい間に夕雲を撮り、DJシリーズの柱の一つに雲をターゲットとしたいと書いたことがある。「その雲のかなたへ」とタイトルを付けショートムービーをwebに置いた。仮あてした音楽は“追憶”。吐竜の滝ロケをDJシリーズの正式なスタートとしてから一ヶ月余りが過ぎた頃のこと。この夏から秋にかけ、弾みをつけたくて家庭用のSONYで雲や月をよく撮ってはwebにアップしていた。4年間。館岩のF900テスト撮影から5年間。遠くまで来たのだとは、思う。止まる気などさらさらないが、100日近くの間に、100タイトル近くつないでみて、さすがに感慨深いものもあり。気持ちを記しておくため4年前には“The way we were.”
Gladys&Knight&The Pipsを添えた。それから4年経過し、撮り集めた雲のほんの一部をまとめたNo.98にはハワイ・マウナケアロケの帰りに現地の土産物屋で入手したコンテンポラリーハワイアンから“Somewhere Over The Rainbow/What A Wonderful World”IsraelKamakawiwo'oleを仮当てしておく。
湯治部webメインページの挨拶より引用++++++++++++++++++++++++++
東京星菫派敬白。2004.2.29
ある日 ふと手を止めて空を見あげる
真っ青な空に白い雲が浮かんでいる
雲は姿を変えながら 連なる山のかなたへと流れている
足もとには たんぽぽの綿帽子がそよいでいる
さわりと風が吹くと 綿帽子は身をよじり
ふわりと真っ青な空に旅立つ
たとえば それがすべてのはじまりだ
飢えを満たし 日々を潤すためだけにある
幾千もの夜と幾万もの昼の 果てしない繰り返しの どこかで
ある日 人はふと空を見上げて想うことになる
もしかしたらどこかに はるかかなたの異境の地に
異なる時間の流れる場所に
いまあるすべてのこと以外にも
心踊らせ浮き立つような 何かがあるかもしれない…
そして人はある日 かりたてられる想いにその身をあずけ
はるかかなたへの一歩を踏みだす
ここではないどこかへ、と。
[何も願わず何も語らず我と我が貧しき夢と君のほかには]
福島泰樹のこの歌の世界を
この世の風と光と空気と水が織りなすアラベスクとして、
さみしさを抱え込んだり切なさに涙ぐんでいる人を慰謝できたら…。
元気と勇気の素のひとかけらとなれたら。
すこし照れるが、それが東京星菫派の願いである。
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