2009年8月15日土曜日

no.15 抒情



抒情じょじょう/ Wikiより
大半の国語辞書では「感情を述べ表すこと」を指しているが、
各分野に置いて若干意味合いが変わる。
広義では非常に感慨深い様子、対象に対して
情緒溢れるものを感じること、
胸が締め付けられるような
切なさを超えた深い感動を指すもの。














no.14 おぼろ月


あえてリアルタイム
[天然の日本/光]プロローグ曲前半使用


étude0913さよならって言えることは


吐竜の帰りに小淵沢にまわった。
町営温泉で汗を流し、光がきれいだったので
もうひとチャレンジと、近くへ。
なんでもない「里山」の風景に足が止まった。
その頃は「里山」という言いかたはしなかったけど。
どこにでもあるどこででも見かけた…
はずだけど、記憶の中にだけ
あざやかに存在している
「だけれのものでもありだれのものでもない
【ふるさと】」への憧憬。
HDVでチェックすることで、
その【空気感】が甦ってくる。
素材整理のつもりだったけど
ふと[ササヤンカ]のラストの詩を
あててみる気になった。
あてる。
悪くないんだよなあ、これが。
こういう【閉じ方】ありだなぁ…と。
アナログ版では【波打ち際の海鳥】だった。
一転してひなびた山あいへ。

ま、湯治部らしい?









夏の盛りに撮った三日月


体感温度が連日40℃オーバーしていた夏のさかりの三日月
低温実験室に入ったり夏雲撮ったり
「なつやすみロケ」先を検討していたりした
あの夏の素材。たぶん若草山、あるいは嵐山?


『何かが終わっていくのは、さびしいしかなしい。
その哀切を感じる心は、人生歳(とし)を経るほどに増してくる
と考えられるが、じつはぼくはそうでもないのではないか、と思う。
子どもの頃の方が、もっとさびしかったし、もっとかなしかった…(略)』

『子どもはどんどん成長していく。
夏休みが終わって学校へ行くと、先生も、教室の机も、運動場も、
まるで見知らぬもののように小さくなっている。そこは未知の世界だ。
未知の世界に向かって一歩を踏み出すのは恐ろしい。
だから彼らは、いつも世界に向かって緊張している。
これが大人になれば、ひと夏の前も後もそんなに変わりはない。
さびしさやかなしさを忘れ、生きる意味さえも失っていく。
夏休みの終りを考えることは、だからこの人生において、
無くしてはならないものだと思う。
その哀切は、じつは来るべきあしたを創造する力なのだ。
さびしさやかなしさの向こうからこそ、新しい何かが、
生まれてくるのである。それは伝えるべきものの
大切さを学ぶからでもあるだろう』 
   2001.8.28朝日新聞夕刊「永遠の宿題」大林宣彦より



2009年8月14日金曜日

ともすれば月澄む空にあくがるる心のはてを知るよしもがな


No.12は十二夜月とする。
[天然の日本/光]の5曲目を使用。
夏至から十日後の月。場所は渡良瀬遊水池。

 
  ともすれば澄んだ月のかかっている空にあこがれ
  出てゆく心であるが、その行きつく先を知りたいものだ。 
               新潮日本古典集成『山家集』

知りたくもなし知るほかはなし
と真崎守は[死春記]で書いた。
なお、和泉式部は
  物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂とぞ見る
と、詠んだ。ま、西行の勝ち。だいいちおぼえやすい*^_^*






2009年8月13日木曜日

> Subject: [japanesque:00029] 愛してるからね



5年前の古証文から引用

> From: 益子自宅> Date: Sun, 01 Aug 2004 04:15:42
> To: 東京星菫派 , 菊地 雅志, "Masa. KAWADA"
> Subject: [japanesque:00029] 愛してるからね

アバコで“風”と“色”の音楽を録音するために
東京星菫派音楽顧問・菊池雅志さんに渡した1.13付けのメモの前書きから

 「目を閉じると 
  見えてくる
  色がある
  光がある
  水がある
  風がある
  音が
  空気が
  世界がある

  あなたが
  わたしが
  無数のわたしたちが
  いつの日か
  そこにいて
  そして
  いつまでも
  夢見つづける

  まだ
  誰も 
  見たことがない
  ニッポンの 
  美しい風景が
  ここにある」

だからどうしたというわけでもないが。
要するにおれはこいつをdigitalでやりたいわけです。
歳月が過ぎて、さすがに髪が薄くなり
あるいはさっぱりと坊主になってしまっている
菊池さんや石塚さんをNHKで見ながら
そう思った。
寒風と雪まじりの臼田の電波望遠鏡の前で
月光仮面もどきの格好で震える彼らの熱演に
カラダが震えるような興奮を覚えたこと。
その足で熊野に走り、熊野古道で300inchスクリーンに
宙を飛んで届いた二人の雄姿を映し出し
そいつを緋毛氈に座ったフランス女とアメリカ男と
日本人男女が呆然と観ているという
わけのわからないエンディングにしたことなど
http://homepage.mac.com/torum_3/r1118/iMovieTheater180.html
猛烈に思い出されていく。


番組で最初に演奏された
「のちの思いに」は、
「光の日本」で試みた立原道造と福島泰樹という組み合わせを
あらためて福島泰樹独りの世界に再構成したもの。
http://homepage.mac.com/torum_3/r1118/iMovieTheater150.html
http://homepage.mac.com/torum_3/r1118/iMovieTheater151.html

二年前の大雨の夜、十年ぶりに曼荼羅でお会いしたとき
歓迎のつもりか、その旨を観客に紹介し、特別演奏をしてくれた。
予定外のことで、俺は恥ずかしくて下を向きっぱなしで
会場が暗いのを良いことに涙をぼろぼろこぼしてた。
http://homepage.mac.com/torum_3/love/iMovieTheater552.html
http://homepage.mac.com/torum_3/love/iMovieTheater555.html

これからHD900を引っさげて
レガシーとコロムビアを同時に撮った
http://homepage.mac.com/torum_3/r1118/iMovieTheater181.html
あの東北に向かえるのだと考えると
センチメンタルになって眠れねえ。
お察しください。

なお、レガシーとコロムビアはほぼ同時に仕上げられ
そののちポイントディゾルブと称するようになったエフェクトと
映像デザイナーという言葉をひねり出した記念の年。
愛する山岡は、元祖小深田の愛弟子としてまだ初々しい青年でありました。
六本木TSPA編。
酔客の声と六本木の夜風がストレートに窓から出入りし
モニターにはドアの向こうで見守る郡山青年が番人のように映っていて
できたばかりのWAVEや青山ブックセンター六本木店が光り輝いた頃のこと。
おれはまだ30代だった(証拠写真↓*^_^*)。


いやあなんつーか、葉月八月は懐古回顧で開けちやった。

ひさしぶりの東北ロケに興奮で眠れず
引き出しの奥から古いメモを引っ張り出し
あのときの気分を思い出してます。
そこに書かれた
「色と風 音楽とSEに関するメモ」の最後のページには
作曲の菊池雅志さん宛にこんなメモが書いて会った。


  エピローグ
  「もう春なんだね」
  ササヤンカ村からの風を受けながら、さようなら。
  これで、この巻と、全4巻のすべてが終わる。
  挿入詩no.8「はるのしなやかな挨拶」が
  やさしげに入る。
  哀しみも喜びも、こもごも溶け合った音楽が
  スタッフのクレジットの最後まで流れていく。
  聴いているすべての人が
  いつか辿り着いてみたいと
  思いたくなるような音楽が。


そして、最後のページに
「また、いつか、
こんな仕事で逢いたいね。
ササヤンカの村からの、
誘いの風が吹くその日まで、さようなら」
と、添えてある。

pioneerのneo花鳥風月をテストケースに
六月から本格スタートしたdigitalJapanesqueシリーズが
この最後のメモの永い余白の末の一行なのだ、と思います。

手書き絵本「女鬼」をお渡ししてから
さらに月日が過ぎたけど
すべてはつながっていると、あらためて言っておきたかった。

もう、3時間もすれば
東京駅の銀の鈴でみなさんとお会いすることになりますが。


ま、そんなところであります。ご静聴感謝じゃ。


   2004.8.1 朝 T.M






2009年8月12日水曜日

流星雨



以下↓は国立天文台の期間限定キャンペーンの「流れ星を数えよう」から引用
http://www.nao.ac.jp/phenomena/20090811/index.html#Copyright
「国立天文台では、できるだけ多くの方に夜空を眺める機会を持っていただこうと、夏に活動するペルセウス座流星群を観察対象に、今年で3年目となる「夏の夜、流れ星を数えよう」キャンペーンを行います。ペルセウス座流星群の活動が活発になると思われる8月11日の夜から15日の朝までの4夜の間に15分間以上星空を眺め、結果を報告ページから報告していただこうというものです。
ペルセウス座流星群の流星(2007年8月13日1時14分)↓ 画像提供:吉尾賢治



真夜中過ぎが観察に適していると思われますので、少し大変かもしれませんが、夏休みやお盆休みを利用してゆっくり夜空を眺める機会を持ってみませんか。携帯電話からでも参加できますので、これまで流星を見たことのない方なども、ぜひお気軽にご参加ください。
「曇ってしまった」「流星が見えなかった」なども立派な観察結果ですので、是非報告してください。また、ご家族や友人など何人かで観察をしたときには、なるべく人数分別々にご報告ください。ご報告をいただく項目は、「流星を見た時刻」「流星を見ていた時間」「群流星を区別したかどうか」「都道府県」などです」


以下は「しし座流星群」について
http://www.jplnet.com/leo/leoinfo.htmlから引用


「毎年11月17~18日頃ピークを迎える「しし座流星群」は、ふだんの年でも、ピーク時に1時間当たり約30個の流れ星を見ることが出来ます。そして、33年毎に大出現を繰り返し、まるで雨のように降り注ぐ流れ星の景観を見せることから、史上最も有名な「しし座流星雨」という現象を私達にもたらします。
その記録は、紀元902年までさかのぼることが出来ます。1799年には、ブラジルでフンボルトが眺めている様子が絵に残っていますし、1833年の出現は流星観測史上空前絶後の大出現を見せ、その凄さを伝える多くの図版が残されています。この時は、最も多いときで1時間に20万個の流星が5~6時間にわたって流れ続け、「吹雪の時に舞う雪片のようなながめであった。」といいます。
この出現をきっかけに、科学者は過去の記録を検証し、33年~34年の規則正しい周期で11月に起こったすべての流星雨が同一のものであることを突き止めました。しし座流星雨の存在が確定したのです。
今日では、この流星雨が、33年の周期で公転する「テンペル・タットル彗星」がまき散らしたチリによって起こることが分かっています。前回の出現は、1966年でした。この時は、アメリカやヨーロッパを中心に大出現が観測されました。ピーク時の1分間に流れた流星は2400個、1時間では何と15万個にのぼったと言います。初めての写真撮影が行われましたが、2分足らずの露出を加えた1コマの写真に、20個もの流星が写っていたといいます」


◎イメージ
http://www.jplnet.com/leo/leoinfo.htm
↑11月17~18日しし座流星雨の流星物質の帯に地球が入り込んだ様子を示したものです。流星物質の帯は、地球の軌道面に対して17°の傾きで交差しており、その方向は、地上から見るとしし座の頭の方向になります。(各惑星の大きさは強調してあります)




◎2001のしし座流星群/Wikiより引用
「2001年11月18日から11月19日未明にかけての大出現は北アメリカと東アジア地域で条件が良く、特に日本では大部分の場所で好天に恵まれ、全国的に1時間あたり数百から数千個もの流星雨を観測することができた。北アメリカやハワイでは1767年に放出されたダストトレイルによる活発な出現が日本に数時間先行して見られた。アッシャーらは東アジア地域で1699年と1866年のダストトレイルによる極大がそれぞれ午前2時31分と午前3時19分(いずれも日本時間)にあり、特に3時19分頃には日本で大出現が見られると予測した。アッシャーらはその前数年の大出現を的中させていたため期待が高く、多くの人が大出現を目撃した。実際の極大時刻は3時20分前後とほぼ完璧に予測どおりで、極大時には1時間あたり3000個から4000個の流星が見られた。事前の予測よりも流星が多く出現する時間が長く、日本時間で午前1時から夜明け頃まで5時間近くにわたって、1時間あたり1000個以上の出現が見られた」

◎湯治部的流星群体験記/2001のwebmemoから引用
2001 11/18 17:13 獅子座流星群
今夜は獅子座流星群の夜となる。
細い三日月が出ているが、
星の夜となるだろう。
うまくいけば西表島の流星群以来の
流れ星の大軍を観ることができるかもしれない。


2001 11/19 09:09 流星雨、野辺山で体験。魂を奪われた。
野辺山の先の峠でゲット。18i日夜10 時、野辺山と須賀川の天候を
最終チェック。野辺山の条件が良さそうなので中央高速に向かうが
工事渋滞で都心を抜けるのに一時間かかった。

野辺山に着く寸前から流れ星が肉眼で見え始めた。

1993年に西表島で毎晩数時間眺めたベルセウス流星群もすごかかったが
獅子座流星群には度肝を抜かれた。流星雨という呼び名通り。
文字通り、「星降る」世界に身を置いた。
二時ごろから二時間あまり、氷点下五℃まで下がった峠で
堪能しつくした。ときにアスファルトに横たわりながら
凍えるような寒さも流星の迫力に溶けた。

自然は、あらゆる想像力の境界線をやすやすと越える。

中央道を暁闇から日の出にかけひた走りロケ現場の大森に
集合時間前に着いた。あの流星群を眺めたあとて
仕事に戻るのはいささか切なくもあるが、
快晴。野辺山に比べればすでに十数度も気温は高い。

土曜、日曜と
まことに胸のすく、記憶に残る時間を過ごせた。
これで、十日は、もつだろう。萎えずにしぼまずに
十日はやりきれなくならずに過ごせるはず。
いざとなったら土曜日につないだビデオもある。
あれは今年の強力ビタミン剤。

 

2009年8月11日火曜日

“ぬばたまの…”

   ぬばたまの 黒、髪、夜、夕べ、月、妹 …


舘岩村湯の花の六地蔵でHDF900の
導入テスト撮影時の「moonrise」と「超月光」。
月の光が、これほどあざやかなものだと、
21世紀に入るまで知らなかった(‥;)
撮った瞬間に「digitalJapanesque」というコトバが浮かんだ。
封印する、と宣言し歳月が過ぎた。

「風」と「光」をdigitalでというのが
まずクリアすべきハードルだった。

ハードルクリアのその2は、[光の日本]。
で、お待たせっ、「これで」いきます。

あえてリアルタイムとしたのは
アナログ版[光の日本]をすこしだけ気にしたことと
HDのパワーを活かしたかったから。

メディアも受け手もインフラOKとなったことだし
できればパイオニアの幻のKUROで見ていただきたい。
「黒をわからせるためには最適」という
開発陣のお墨付きが出た素材だし*^_^*



◎以下は、東京に戻ってから書いたwebmemo。
興奮状態が、よくわかる。
****************************************************************
2001 08/10 03:15 月に狂う。
あの夜の月の輝きが信じられない。
オフィスで渡辺と素材を確認しながら長岡に電話をし、
フィルターなどをいっさい使っていないことを確かめた。
あの青い光。雲を染めた夜の青。透明な青い紗をまとったような満月。
稜線を爆発光のように照らし出す月の出の瞬間。
「わたくしも月を見に連れていっていただいてもよろしいでしょうか」と
小さな声で問うた飯盛山に暮らすというたみさんの姉上は、ほんとうにいたのか。
夕方、相馬さんに電話で確かめたら、自分も幻のように思えてならない、と。
山すそにへばりついた数十軒の人家の明かり以外に、
周囲360℃が真っ黒な夜の山に囲まれた七つ地蔵のある山あい。
スタッフ9人と、宿の人たちが5人。
舘岩村湯の花の闇の中で月の出を待ち受けた人は14人。
オフィスのモニターにはその月の出がしっかり映っている。
だから幻ではないのだが、それにしてもだ。

なお、たみさんの姉上は、宿が忙しいので嫁ぎ先の
会津若松から里帰りをかねて手伝いに来ていたとか。
名前を「明子」太陽と月をならべて「あかるいこ、あきこ」。
なんだかなあ。できすぎちゃいないか。

明子さんは、飯盛山の自宅は月を背負ったように見ることができるのだと言っていた。
子供を迎えにいき、家路をたどるとき、目の前に巨大な月がかかると、
月に帰っていくようだ、とも言っていた。月が好きでたまらない、とも言っていた。

美しい夢を見たいと寂しい追憶のはてでおもったら


↑クリックすると拡大。ぜひ  mix素材は2004年6月と2009年4月の[渡良瀬遊水池]

digitalJapanesque版「未来ササヤンカ村」。
たぶん、こんなふうになるはず。
使用したHDアーカイブ
タイム/3分15秒
2009.4渡良瀬遊水池素材
2007.6南会津素材
2004.6渡良瀬遊水池素材
2001.8南会津素材
熱低からいきなり変化した台風9号と、静岡沖の2つの地震の間に、到達。




**********************************************
※参考
[ポッポイの汽車に乗って行きませんか]
佐々木洋一詩集「未来ササヤンカ村」より


   ねえ
   ぼくの妹さん
   ぼくのあんまり可愛ゆすぎてむずがゆい妹さん
   ポッポイの汽車は
   汽笛をピュウポオオイ 吹き吹き
   たらっぽすかんぽ坂を越え
   とんぼとんぼぎんやんま畑を通って
   クリーナの駅でひと休みして
   ササヤンカの村に行く汽車です

   行くんです
   本当に行くんです
   今
   ササヤンカの村の住民台帳には
   ぼくの名前がポツンとひとつ
   寂しがっているんです
   ねえ
   ぼくの妹さん
   ぼくの
   あんまり可愛ゆすぎてホクロを殺したくなる妹さん
   ポッポイの汽車が発車します
   ピュウポオオイ
   ピュウポオオイ
   ぼくといっしょに行こう
   ササヤンカの村へ

   ねえ
   ぼくの妹さん
   ササヤンカの村の住民台帳に
   あなたの名前を刻めば
   あなたとぼくは夫婦
   子だくさんの夫婦になるんです
   やがて
   ササヤンカの村の住民台帳には
   たくさんの住民が登録される

   ねえ
   ぼくの妹さん
   ササヤンカの村はササヤカという村
   野菜と土と風と水車がコットン揺れている村
   あなたとぼくの子供達は
   また美しい恋人達を
   ポッポイの汽車に乗せて連れてくる
   ねえ
   ぼくの妹さん
   ぼくの
   あんまり可愛ゆすぎてつねりたい妹さん
   ポッポイの汽車は
   汽笛をピュウポオオイ 吹き吹き
   あめんぼめだかっこ川を渡り
   どんぐりどんぐりどんぶりっこ林をくぐり
   クリーナの駅でひと休みして
   ササヤンカの村へ行く汽車です
   ピュウポオオイ
   ピュウポオオイ
   ねえ
   ぼくの妹さん
   ぼくといっしょに行こう

2009年8月10日月曜日

Re:時の重みは、自覚いたしました

知人から今朝届いていたメールから抜粋
  ……
  人が記憶の中で生きているということ、
  それが失われてゆくことの、せつなさが分かります。
  時の重みは、自覚いたしました。
  永遠の時を感じる、そんな映像を楽しみにしています。

地震と豪雨ではじまった今年のお盆。
お盆というのは、「記憶」の祝祭なのかもしれないね。
たいせつだったひと、たいせつだった時間、たいせつだった自分
いくつもの「たいせつ」だったことを
別な時間の流れをつくることでかみしめる…
そのために必要な「今とは異なる」記憶。風景。
…

2009年8月8日土曜日

「夏をとめて春をつないでいたのですね」

ベッドにはいったのが午前4時少し前。
熟睡。
読みかけの股旅小説が3ページ分で折られていた。

午後3時。雨の音で目が覚めた。
手嶌 葵のWhat Is A Youth?をエンドレスにし
熱いコーヒーを淹れ、青いバナナ3本で朝昼食兼に。
メールチェック。
未明2;54に届いていた1通のメール。

   「夏をとめて春をつないでいたのですね」

と、最後の1行。
なかほどには

  「知っているけど知らない…ここではない何処か
   …もうひとつの世界へ誘って…」

  「”現実”と “記憶”と “もう一つの世界”
    …永遠の三角関係 」

とも。2週間あまり仕事を放り出して没頭していたが
その“わけ”が、わかったような気がする。

ひとはカラダの70&が水でできて
酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しながら生きている。

…のではなく
ひとは“記憶”で生きているのだ。
映像とは
記録された“記憶”。
これが大きなヒントになりそうだ。
たどりついと思えた昨日は十六夜立秋。

再開したdigitalJapanesqueトライアルだが
昨日の「慕情2」で、しばし打ち止めとする。
「なぜ?」をつかむための2週間あまりだった。
ひとつの解が見えたのだから
後は整理やトライアルではなく
成果のための時間に切り替えたい。

2009年8月7日金曜日

慕情。タイプ2


緋桜と月の光。紅と銀青の世界だけでつないだら…
ぼんぼりや幹などを外し、吹雪は2段階のスロー。
[慕情1]よりカット数を減らしつつ30秒のばし
同じ[色の日本]エンディングの後半をあててみる。
短歌は冒頭の[闇のピアノ]のみ残す。
3分30秒。étude08としDVDに2タイプを合わせ焼き。

満月。緋桜。十夜月。上海に帰ったまんちゃん

DVDに焼きモニターでチェック。デスクトップ上で見ているのとは違い、やや甘い感じになっているのはともあれ、ほぼ想定どおりのイメージ。HDVで見ることでDVとは段違いの細部の表現性を確認できたこと、大きかった。ほとんど闇の気配につぶれかかったとしか見えなかった、ぼんぼりの紅をうけた緋桜の濃密なあでやかさに、戦慄。パンしている落花のカットはスローをかけずにそのままに。本番でdigitalスローにするつもり。わずか3分あまりにもかかわらず、濃さと深さに、われながら満足。これなら攻められる。弾みのつもりであてた永畑さんの「色の日本エピローグ」のピアノソロ前半、あのときの千鳥ケ淵の端正な桜の情景より、はるかにはまっていた。もともとが「桜」のためにつくってもらい演奏してもらった楽曲だから合うだろうとは思っていたが、端正さが凄絶さに変容したようで、魂がふるえた。冒頭と最後に福島さんの「桜」にちなんだ歌を二首あてる。「色の日本」と同じように「げに春は驟雨とともに」を、とはじめ考えがど、緋桜のあでやかさにさそわれ別の歌を選び直した。


  「春の夜は寂しき極みわがむねの闇のピアノが鳴りいづるとも」
  「しなやかな華奢なあなたのくちびるもゆびにもふれぬ桜降りけり」

タイトルを「慕情」とする。
出典は「げに春は驟雨とともに始まるを咲かぬ桜よ慕情というは」から。




DVDに落としているあいだに外へ。春をつないだせいかむっとするような湿度も春の宵のようで苦にならず。タバコと缶コーヒーを買い松竹撮影所跡の公園へ。ベンチに座り雲まに顔を出した満月をしばし。
戻って月齢カレンダーで2002年3月24日を調べると「十夜月」。正中は夜8時。月没は翌午前2時32分とあった。撮影したのは7時過ぎ。正中に近い月だった。落ちてくる花びらをとらえるために倉持さんがほぼ真上にカメラを向けていた。風が二度だけ吹き、その二度目をしっかりととらえてあった。月は、満開の緋桜の頭上はるかに、輝いていた。

撮影後、北千住に寄り、満腹餃子館で水餃子を食べ、夕方籠脱けした六本木の地下スタジオに戻り翌朝までつまらない編集を続けた。まだ、まんちゃんが上海に帰らず、底抜けの笑顔で片言の日本語を話し、うまいプーアール茶を淹れて

2009年8月6日木曜日

経過報告。8.6立秋前



・HDV素材の切り直しは[シークエンス]
・撮影の季節を現時点では5つに分類

 1.springシリーズ 2月後半/3月/4月
 2.earlysummerシリーズ 5月/6月
 3.middlesummerシリーズ 7月/8月/9月前半
 4.autumnシリーズ 9月後半/10月/11月前半
 5.winterシリーズ 11月前半12月/1月/2月前半

人生と同じく[季節]もまた、夏が盛りである。
よって[夏]のみ2つに。
他の季節については、あくまで気分的なもの。




以上の5ゾーン分類を前提に
各ゾーンは撮影場所ごとに数カットずつを使用想定シークエンスとして設定
アーカイブとしての利用は、原則としてこのシークエンスごとに限定。
digitalJapanesqueのライブラリー素材を提供する場合は
この[シークエンス]単位をリリースすることになる。
単純なカットごとの切り出しはNG。
意図をもった[つながり]単位を
1つのイメージとして受け入れられ場合のみの提供とする。
[1シークエンス]は、現在のところ
60"から180"(苦笑)
そんな長いもの使えねえよ、と言われそうだが
できのいい素材なので
トンチンカンに使われてもなんだし
細々と秒単位で切り出すのもめんどうくさい。
よって、この点はゆずる気はなし。
ま、[注文の多い料理店]みたいなものか?

なんだ、digitalJapanesqueはライブラリーかよ?
と言われる前に、「ちがう!」と書いておく。
あくまで湯治部が[東京星菫派]の名で
まずは[作品]とする。これが大原則。大前提。
すみからすみまで[いいとこどり]をし尽くす。
しかるのちに、ライブラリーとしてオープンに。
アタマさえ使えれば、映像の[つなぎ]は無限大。
端切れではなく丸ごとオープンにするので
工夫しだいで素晴らしいものになるだろう(爆笑)…
さらに[構成済]というおまけつきでもある。




ひまみてやっているので
5ゾーン分類は年内アップを目標とします。
が、[作品化]は同時進行で
全力注入し、仕掛けていきます。
乞う、ご期待。
そして乞う、お力添え。
アイディアでもおもしろいロケ場所でも
愛の悩みでもなんでもOK。
脳細胞を刺激してくれることなら大歓迎です。

         少年とは言いがたいので
              「狼男」より。

たどりつけた。

2週間あまりHDVを理由に、素材の整理に没入。
なぜいまさらと思いながら、昼夜を完全に逆転させながら
連日、夜明けまであそび続けていた。
新しく切り直したプロックイメージ43タイトルと
性懲りもなくトライした2009年étudeが6タイトル
計49タイトルを切り直す。
すべてYouTubeにアップ。
このあたりでいいかとやめたのが未明。
ゆっくりと水風呂につかり一服。
なんとなく眠れないままに2時間経過。
夜明け前にもかかわらず蝉の鳴き声。
焦ってるんだな、と思ったところで、電源をON。
2002年。史上最速の春爛漫となった
あの年の桜素材を開いていた。
それから3時間。3分弱のétudeをつなぐ。
[天然の日本/色]からエピローグの永畑さんのピアノを当てた。
ため息が出るような出来栄えとなった。
紅いぼんぼりに照らされた闇の桜が
HDVでつなげたことであざやかに甦っていた。
福島さんの春の歌を二首、頭と終わりに入れてみる。
パーフェクト。
digitalJapanesqueといいながら
何をもって突破口とすればいいのか
何年もの間、迷ってきたが
これなら踏み出せる。
そういう世界にたどりつけた。
八月六日午前9時。
快哉である。



読みづらいでしょうから使った歌をコピーしておきます…

  「しなやかな華奢なあなたのくちびるもゆびにもふれぬ桜降りけり」

なお、冒頭には以下の歌…

  「春の夜は寂しき極みわがむねの闇のピアノが鳴りいづるとも」





以下は撮影当日のwebmemo

2002 03/24 11:41
桜の撮影は千鳥ケ淵と上野で
花冷えから一転。春うらら。

が、
この身は六本木の地下スタジオ、
新しいスタイルを模索しながら、
現時点ではすべ順調に推移。

今日は夕方から中抜けし、千鳥ケ淵と上野公園で夕桜を撮る予定。

千鳥ケ淵では、薄暮の桜。
上野で赤いぼんぼりとの対比。
このふたつがデジタルHD-F900でどうおさめられるか。
狂い咲いた新世紀首都の桜をどう残せるのか。そのあたり。

4時に撮影部と合流。
それまではウィズ・ダインの色遊びに集中である。

気分は上々。

2009年8月4日火曜日

七年寝かした吐竜の“水”

> From: 益子自宅
> Date: Mon, 05 Aug 2002 03:09:55
> Subject: [tojibu2:00308] その水の、故郷。
>
> 湯治部DJシリーズスタート第一回ロケ《夏》
> 長らくお待たせしたがDJシリーズを正式にスタートさせた。
>
> 撮影場所は、八ケ岳山麓大泉の《吐竜の滝》。
> 《吐竜の滝》をタッド若松さんに教えてもらってから7年。
> 撮影チャレンジ4回目にして
> 最良の《水》の表情/姿態を収めることができた。

> 撮影日時は2002年8月1日午前9時-午後2時
> カメラ■SONY DHD-F900
> カメラマン■倉持正美
> VE■長岡茂樹
> CA■有本竜


「吐竜の水」さっきワタナベからHDVコンバート素材を入手。
一部を再生。DVからHDVにチェンジしただけで、これほど違うのかと、唖然。
水のというより水滴の微粒子が、見える…
そんな感じあり。
実際のリリースはHD>BDだから
これよりもさらに、と考えると、また唖然。

細分化するよりもHD>BD出しで
できれば65inchPDPあたりで流しっ放しで仕掛けてみたい。
温泉に「かけ流し」があるのだから
湯治部も、また?

つい数時間前に2001年8月5日の湯の花満月を切り出したところ。
ここ2日間、HD900テスト撮影の素材をHDV/23inchで切り出していたが
ぼんやりした夏にもかかわらず、極上の夏が、ここにある。

2009年7月28日火曜日

♪奄美越え


25日のロケで久しぶりに録音部古川と会った。
奄美大島のおきさんのblogの2005年7月のページで発掘。
あんまりいい写真なので勝手に流用↑
おきさんの「♪奄美越え」も勝手に引用↓

  隠しきれない 撮影地
  いつしかあなたに 気に入られ
  誰かに撮られる くらいなら
  また来て もらっていいですか
  鍵忘れて 隠れ宿
  しょくぶつえん 月無しの島
  西から上がり 東に墜(お)ちる
  肉の向こうに
  あなた 虫が燃える
  何があっても かりんとう
  くらくら燃える 浜歩き
  あなたと越えたい 奄美越え

おきさんに古川の熱唱を聴かせてみたい…

2009年7月26日日曜日

Moliendo Café

日が暮れていく頃 闇が再び姿を現す
静けさの中 
珈琲農園はその珈琲を挽く音に
悲しい愛の歌を再び感じ始める

それはまるで無気力な夜の中 
嘆き悲しんでいるかのよう
一つの愛の苦しみ 
一つの悲しみ
それは給仕のマヌエルが持ってくる
珈琲の苦みの中にある
珈琲を挽きながら 
終わることのない夜が過ぎていく…

http://blogs.yahoo.co.jp/willibyeats/47939521.html
に載っていたものを引用。

2009年7月24日金曜日

東京打ち上げ“ようそろぉ”



ことしの荒川の花火が今日だということをすっかり忘れていて留守電に入ったメッセージを聞いたのが夕方5時30分。それからあわてて電車で北千住に。日暮里あたりから浴衣すがたがいっきに増えた。北千住に降りたら小雨。ビルの間の空が火事のように紅く染まり、打ち上げの音がとどろき、駅前を埋めた群衆のどよめきが重なっていた。焦る気持をおさえつつ人の流れに紛れ込む。途中から路地を選び近道をたどる。鈴なり。しばらく土手の上で眺めたが路面を照らす灯がまぶしくて階段を降りて河川敷へ。



適当に座る。適度な川風が火照りをしずめ、小雨も気にならず。これで東京の夏も本腰がはいったな…この花火を見、二日後の隅田川の打ち上げを眺め、突入していった2004年の[夏休み]。あのときをふり返りながら、最後まで堪能。川風に背を押されながら土手沿いに歩く。サンマルクでアイスティーを飲み、人ごみを避け曙町のココスまで歩く。満ちゃんが日本にいれば満腹餃子館、といきたかったが。タバコをふかしながら夏メニューの“つけ麺”を腹に。高揚していたせいだろう、まことにうまかった。

以下は思いで話。
荒川の河川敷で花火を見物するようになったのは2002年の夏。
強く記憶に残っているのが翌々年のこと。
以下にそのときのメーリングを引用。
きっかけとなった夏のことをあらためて記録しておく。
土手の打ち上げに拘泥しつづける、その根拠でもある…
長いけど、関係者のめたに。


********************
From: 益子自宅
Date: Sun, 01 Aug 2004 00:09:35
Subject: [yumekoujou:00072] さて、帆があがる。

荒川の花火に続き、
今夜は隅田川の花火を見てきました。
空には十四夜の月と白い雲。
水面には色とりどりの花火の灯影。
この季節には珍しく乾いた空気が気持ち良く、
さすがに江戸の花火だと感心しました。
花火師の心意気が違うんだね。
二日前の荒川のものとは別世界だった。
端正で粋。そこに尽きるのかな。

さて、明日から三日間
湯治部は東北ロケハンに出ます。

湯治部メンバーにとっての「東北」は
いわば「湯治部」発祥の地でもあります。

数週間にわたって折々に検討してきた
誰もみたことのないような「夏の舞台」を、
digitalhigh-definition televisionの対象として
もういちど発見できるか否か。
HDで撮りHDで編集したものをHDで上映するという
HD超推進派の湯治部としても初の試みを成功させるための
橋頭保が明日からの三日間となります。

デジβ、digitalHDと、
日本のどこよりもはやく日常的に取り組ませていただくことで、
SHの仕事を通して学んできた、
この十年間の成果を、ここで結びたいと思います。
もし、満足する成果を挙げられなかったときは
湯治部を解散します。
具体的には、
僕自身がSHの仕事から
いっさい身を引くということです。

意志としては希望としては
圧倒的な作品世界を構築し成功させたいと強く願っており
また、その自信もまったく萎えていません。

が、
信託されたことに
応えていけるのかどうか、
そのことを見直すための切所がここにある、
と考えています。

何を大げさな
おれには関係ないよ
という方もいるでしょうが
これは、益子ひとりの覚悟です。
そういう想いであるかと、お受け取りください。

隅田川の花火を見ていたときは
雲間に見えていた月も、いまは冴え冴えと輝いています。
出発まであと6時間足らず。
読み返すと照れるかも知れないので
このままメールします。

向こう三ヶ月に渡る超ハードなスケジュールが
いよいよ皮切りとなります。
まことにひさしぶりに胸が高鳴っています。

湯治部のみなさん、帆を揚げます。
ようそろ!

    2004.8.1未明 T.M


From: 益子自宅
Date: Fri, 22 Oct 2004 03:31:11
Subject: [yumekoujou:00249] では、行きましょう。

この4ヶ月、ただ一日の休みもとらずに
積水ハウスの仕事だけに取り組んできましたが
いよいよ切所越えとなりました。
決算日を、25日としますので
各スタッフはスタンバイを願います。
持てる力のすべてを出し切りますので
一緒に、行ってください。
突破しましょう。
      2004.10.21夜 益子拝


From: 益子自宅
Date: Wed, 27 Oct 2004 16:44:53
Subject: [yumekoujou:00256] 緊急放送

防災の仕上げ途中で倒れた中山に加え
今朝、夏苅が倒れました。
信頼できる制作スタッフ二人が倒れ
両手をもぎとられた感もありますが、
28日のSMJ仕上げ
31日の夢工場仕上げまでは
なんとかこのままで続行します。

夏苅は、回復すれば即復帰させますが
ここまで休みゼロで鞭打ってきたため
過労がピークに達しているようです。

キーパーソンゆえ
各方面への連絡等、
なにかと迷惑をかけることになります。

今夕以後、31日まで
SMJ、夢工場関係で問い合わせなどありましたら
直接、わたくし益子宛にご連絡ください。
即断・即決します。

益子携帯
090-3099-894×

なお、実験について
制作面の問い合わせは
相馬プロデューサーか渡辺登紀夫まで
撮影技術関係はTSPの長岡さんまで。

冷え込みがきつくなっています。
これ以後、
31日まで仕上げ関係スタッフには
くれぐれもカゼなどひかれぬよう
ご自愛にご自愛を重ねられんことを祈ります。

では、行くぞ!!!


From: "T.M"
Date: Fri, 29 Oct 2004 13:43:07
Subject: [yumekoujou:00262] 戦闘開始

ちょっと誤解されるかもしれないのでひとこと。
昨夜ミックスしたのは
各シークエンスを構成するひとかたまりごとの楽曲です。
一応、一本の長さに
先日仮編集したものに合わせてつないでくれているはずですが
これはあくまでイメージを通観するため。
26日から27にかけての仕事を逸脱したような
音楽家たちの熱狂が、心の底に震えるような想いを
残してくれたのは事実だけど、
つくっていったのは、まだまだ断片にすぎません。
あくまで、バラバラに録った楽器や声を
小さなかたまりごとにひとつにまとめた、ということです。

今日から明日にかけて行う編集で、すべてが決まります。

上陸したすべての台風のご機嫌を伺い、
ときにその風もとりこみながら
微笑を絶やさずに、最大の力を発揮して見せた
倉持キャメラマンを筆頭に
なぜ太陽が隠れたのかと理不尽な罵声を浴びられても
苦笑しながら陰影をつくりだしてくれた
照明の鈴木さん、
ベースにこもって最良のコンディションで
映像が記録されていくことを守り抜いた
VEの長岡さん、
はじめに与えた5.1サラウンドの教科書づくりという
「野望?」に応えるべく素材録りに疾駆した
録音の古川さん、
台風、大雨、足場の悪さ…悪条件をものともせず
黙々とクレーンを操り、カメラを移動させ
雨を降らせ、雪を降らした
特機の山家さん、
うるさい注文に年を省みず応え続け小じわがまたふえた
スタイリストの志賀さん、
彼らの手となり足となって
黙々と仕事してくれた各パートの助手のみなさん、
そして何よりもこれらのすべてを支えてくれた
プロデューサーの相馬さんと
プロダクションマネージャーの夏苅さん

忘れてた。
このチームがいなければ映像のレベルが30%は落ちたであろう
小池さん率いるパンダチックのみなさん。
映像の世界にホンモノだけを持ち込んで勝負する
デジタルHDエイジの美術的落とし子たち。
彼らの一人がかけても、こんどの夢工場ムービーはできなかったね。

名前をあげた人、あげなかった人
三ヶ月間の撮影にかかわったすべての「現場」組の
不退転あっての果実=映像ですが、
この映像群もまた、それぞれはひとつのカケラに過ぎません。
そのカケラをよりすぐったものが各シークエンスごとの仮編集素材。

昨夜おそくから今日未明にかけて行われた「ミックス」は
映像の各シークエンスごとの仮編集分にそって行われた
やはり仮ミックスです。
熱気が、これでいいのだと思わせることはよくわかりますが
現時点では、たくさんある要素のカケラのひとつ。

これからはじまる本編集がすべてです。
4ヶ月前に提出したプランをともに読み込んで
全体の色彩をデザインしてきた
映像デザインの山岡さんと
腕によりをかけてまとめる10分あまりが
今夜決まるのか、明日決まるのか神のみぞ知るだけどね。

音の仕上げは
予定通り、30日にラフ。
31日にミックスダウン。

まだ全貌は
まったく見えていません。
お楽しみは、ここからです。

仮編集したもの
音楽録音したものの
できが良すぎて?
ついつい気がゆるみそうになっている己への
戒めをこめました。

では、これより
31日夜にシアターに完成原版を持ち込んで
この目で330インチスクリーンにかけて見るまで
編集と音の仕上げにこもります。

戦闘開始です。


From: 益子自宅
Date: Sat, 30 Oct 2004 16:20:15
Subject: [yumekoujou:00264] 3時にお茶を

益子です。
シアター映像の編集がほぼ終了。
あと一時間ほどで同時進行中の録音スタジオに入ります。
台風情報のようではありますが
今夜版、あるいは明日未明には完成予定。
明日朝にHD原版に仕上げ、古河入りします。

一時過ぎから映写テストになります。
お近くに来られる方
お近くにお住まいの方で
お時間のある方、
よろしければ上映テストにお出でください。
できたてホヤホヤのwelcomemovie330インチを
真っ先にご覧いただけます。

なお
「3時にお茶を」とタイトルしましたが
考えてみればシアター内は飲食禁止。
お茶は持参で上映後に外で飲みましょう。



From: 益子自宅
Date: Sun, 31 Oct 2004 04:30:13
Subject: [yumekoujou:00265] シアター映像完成しました

10月31日午前3時9分雨

プロデューサー相馬、プロダクションマネージャー夏苅
ミキサー武田、オペレーター小野、録音部古川、演出助手渡辺
黒酢&ごまだんご差し入れ人熊上、演出益子の8人が
完成の瞬間に立ち会い、広尾のrスタジオで夢工場ウエルカムムービー完成。

「やり残したことはありません」という
ミキサー武田の言葉を受け、OKを出しました。
武田の言葉は、そのまま全スタッフの思いを代表するものでもあります。

音の原版を電通テック夏苅が持ち帰り
明日朝一番に麻布でハイビジョンに音を戻して
原版完成となります。
その原版は夏苅がVE長岡のサポートで古河へ。
相馬、武田、渡辺、益子は別途古河へ。
以上6名は午後三時のプレ試写後も古河に残り
1日の工場長試写に備えます。
一時半を目標に夢工場に入り、テストランを開始予定です。


なお、「4つの窓」の修正版DVD納品用も焼き上がり
こちらも電通テック夏苅が持参します。

    以上、完成報告です。

2009年7月22日水曜日

東京日食/麻布十番の路上にて





東京日食、撮影部がチャレンジ。
撮影ポイント 南麻布1-11-1

earlysummer何処

HD>HDV>MPEG4


2007初夏“南会津ロケ”
撮影場所;東北道SA 移動中の雲の流れに魅かれSAでシュート
[未来ササヤンカ村]への導入シーン候補

earlysummer池畔

HD>HDV>MPEG-4


2007初夏“南会津ロケ”
撮影場所;塩原温泉“明賀屋本館”先 湯治部“天然の日本”ロケで偶然見つけた空き地にある小さな名もない池と、その周辺
不動滝手前の撮影ポイント

2009年7月20日月曜日

[田中みぎわスケッチ紀行 大地が低い音で呼吸するのが聴こえる]

http://shiunka.exblog.jp/
田中みぎわスケッチ紀行 大地が低い音で呼吸するのが聴こえる

奄美大島のおきさんの皆既日食撮影状況を知りたくて
奄美大島☆撮影日記ほ読んでいて偶然知ったプログ。
撮影部は、必見。
ひさしぶりに、刺激された。

2008年8月13日水曜日

A Midsummer Night's Dream'08

↑タイトルクリックするとムービー「Dream of lotus」

昼少し前、
青空をバックに背丈ほどもある古代ハスを
撮ったまでを記憶していたが
はっきりと意識が戻ったのが部屋のベッドの上、夜8時35分。
2005年に奄美大島ロケの二日目のやはり昼少し前に
熱中症でダウンした時いらい2度目の体験。
3年前はエアコンの効いたロケバスで1時間休んで回復できたけど
今日のは長かった。ぼんやりとした記憶以外まったく残っていなくて
古河から東京に戻るクルマの中でもひたすら眠り続けていた。
素材をもらおうと渡辺に電話したがオフィスも携帯も留守電のまま。
確かめるのが不安な気もするので放置することに。

タバコを買いに外に出たら、星が見えていた。
その星と昨夜の古河の夜空がオーバーラップ。
1万5千発の連打の合間に、真っ暗になった河川敷の空に
いくつもの星が花火の余韻のようにまたたいていた。
風の具合、打ち上げ地点との距離、見物客のの配置
と完璧だった昨夜の二時間弱が甦った。

現場事務所の澤本さんに挨拶をし
ロケハンを兼ねて向かった総合公園の
西日を浴びた古代はすを目にしてからは
文字通り真夏の夜の夢。

いきなり決まった
夏休みのような炎天下ロケだけど
記憶に焼き付くような二日間となった。
スタッフのみなさんが
それぞれぶじにたどり着けて
それぞれのベッドでこの夢の時間を
ぶじに追想されていることを祈ります。

撮影倉持さん
VE長岡さん
撮影助手矢野さん
造園、水くみ、草刈りと八面六臂の照明鈴木さん
最後まで笑顔を浮かべましこの無理難題にすべて応えた制作ipm柏木さん
予想外の現場手伝いに頑張ってくれた映像デザインの山岡さん
いつもながら奮闘してくれた渡辺
すばらしい時間を共有できたことを祝いたい。
夏休みに乾杯!

PS1山水の女将さん
古代ハスのこと花火のこと、書き入れ時の部屋の確保…
あれもこれもかゆいところに手の届くご配慮
ほんとうにありがとうございました。

PS2総務小森谷さん
渡辺から浴衣姿の小森谷さんと会ったと聞きました。
それにしても昨夜の打ち上げは見事でしたね。
先週、荒川と隅田川の花火大会を見たばかりだったけど
昨夜の打ち上げのリズムの卓越ぶりには心底感動。
あの打ち上げを組み立てた花火師は、すご腕ですね。

PS3rスタジオ武田さん
自然の音場はどんなウーハーも敵わず。
口あけっぱなしで二時間が過ぎた。
大玉の光が消えた直後の数秒間
闇の中に余韻がとどろいていく。
あれが、醍醐味。
次の課題が、見えてきた気がするよ。



花火
http://homepage.mac.com/torum_3/08summer/iMovieTheater872.html





> Subject: [yumekoujou:02345] ぽくのなつやすみ自由課題『はす』
>
> 蓮。Lotus
> 古代ハスは、美しさといい生命力といい
> エコライフのシンボルのような花だなと、ふと。
> 倉持さん、蓮は真っすぐタテに茎を伸ばし花開きます。
> というわけでHD900横置きもチャレンジしませんか?
> (編集がラクなように(゜〇゜;))
>
>    睡蓮(すいれん)科。
>     学名 Nelumbo nucifera(蓮)
> Nelumbo : ハス属
> nucifera : 堅果を持った
>
> 泥の中にある根の部分は
> ふくらんで蓮根(レンコン)になる。
> サクサクしてて、おいしい。
> 花、葉、茎、種子なども食用になる。
>
>   「荷葉飯(かようはん)」とは、
>   ハスの葉で 包んで蒸した加薬飯(かやくめし)のこと。
>  (加薬飯(かやくめし) → 関西の表現で、
>   五目飯などに入れる肉や野菜の具のこと)
>   葉は蝋状になっているため水をはじく。
>   撥水性の葉と茎がストロー状になっている性質から、
>   葉に酒を注いで茎から飲む象鼻杯(ぞうびはい)という習慣もある。
>
>    モネが描いたのは「睡蓮」。
>    湯治部がスバルのレガシーのタイトルにしたのも「睡蓮」。
>    ハスは、葉や花が水面から立ち上がるが、
>   熱帯水連以外の睡蓮は、葉も花も水面に浮かんだまま。
>   エジプトでは、「ナイルの花嫁」と 呼ばれている。

------ End of Forwarded Message

2008年7月30日水曜日

兆しと望郷



撮影開始30分。プールの中にいるような湿気に包まれた。気がつくとアタマがくらくらし猛烈な発汗。あわててミネラルを2本補給。エアコンのある部屋の中に逃げ込みカラダを冷やす。ひさしぶりに塩をふくロケをした。古河の山水につき、まずシャワー。生き返る。暑さよりも湿気が何かを腐らせていく、そんな一日だった。晩飯前に長岡から携帯。すごいことになっている、と。駆けつける。真っ黒な雨雲の彼方に、見たこともないような色の夕焼け空。手前の雨雲の下には稲妻乱打。雨と落雷とその彼方に広がる夕焼けという、初めての経験。一夜明け、空にはすじ雲。軽く汗ばむことがあっても涼しい風がその汗を乾かしていく。撮影後、夕焼け。高い広い空に秋のような雲が染まっていた。昨日から今日にかけ、金沢や神戸など各地で大雨被害が続出したことを知る。

2008年6月22日日曜日

夏至と新stage第一章の試みを祝して



古河往復のあいまに利根川の土手と古河公園の一角で
短い春と初夏を撮った。
雨の夏至入りと有栖川で今日試みることになる
東京星菫派の新stageチャレンジを記念したい。
編集が終わった夜、立ち寄った昔の青山ブックセンターで
山岡とばったり会った。
そのとき、これおもしろいですよ
と勧められたのが“東京浮遊”。
清水建設、三菱地所、メディアサーカスmovieロゴ
コンピューターグラフィックス2000
積水ハウスデジタル地震グラフィティ
SHMグラフィティ、集成材物語、
バイヨン、積水ハウスグラフィティと
その後、さまざまに姿を変えながら
仕事の一部に活かしていったが
あちこちのインフラがいっせいに整ったことで
やっとそれ自体としての提示が可能になった。
今日の仕上げは、その自覚的な第一章となる。はず









2008.6.23 17:00
古河夢テアトルにて
新方式Blu-rayの
プレビュー成功直後





















2008.6.23 19:00 
Blu-ray仕上げを記念して
川田、相馬、渡辺、益子で
祝杯を上げた古河芳流
メニューは揚げ出し豆腐、板わさ、
つけカレーせいろ

星菫派風“記憶のアルバム”の試み1 08/06/19


↑S.Yamaokaのスケッチ

------ Forwarded Message
From: Toru Mashiko
Date: Wed, 18 Jun 2008 21:58:47 +0900
To:
Subject: [tojibu3:00446] 19日の山本さんち
アタマとお尻がライブ。
サンドイッチ部分はコメントのみ活かします。
ここに二人のさまざまな“記憶”が重なっていきます。
引用されていく、といったほうがいいかな。
“記憶”あるいは“引用”に相当するのは約1分30秒。
「建築現場を見に行った日」12秒以外は過去の映像を使います。
「建築現場を見に行った日」自体も時制としては“過去”です。
つまり、近過去、大過去とりどりに引用されていく。
いかざるをえない。(まだ完成してないから(‥;))
この90秒を、さてどう料理したらいいか。
ばくぜんと浮かんでいるのは
ドラえもんドアならぬドラえもんアルバム。
誰も見たことがないけど
そろそろあっても出てきてもおかしくない
ペーパーディスプレイを使った“multimediaalbum”
いまさらマルチメディア?
と言わずに考えてみて欲しい。
昨年、エコルドに使った“木の葉アルバム”
あれがもしマルチメディアだったら、どうだろう?
Interactiveで昔一緒に見た“東京浮遊”みたいなやつ。
ま、あれは行きすぎだとしても
インフラの進行スピードからいけば
遠い話でもないよな。
webでは何年も前から現実になっていることだし。
明日の楽しみは、このあたりの遊びになります。