2010年11月14日日曜日

【月series】vol.1 十二夜の昼月

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【月series】vol.1は
十二夜の昼月

その世界は
とらえどころのない姿の比喩から
はじめたい。


次は、やっぱり【月】か、な?

kenichiromogi 
月はいつでもどこでもいい。
見えないときも月はいい。
幼稚園のとき、ともだちと遊んでいて
ふと思い出す母親みたいなもんかな。

昨日届いた、あるイラストレーターの感想。

> 心の根っこに繋がるとすべてがこんなふうに
豊かに観えてくるような気 がしました。
> すべてが鮮やかにみえてくるような
大きな視界ももらいました。
> 幻想と現実 緊張と緩和 
主観と客観、、、ゆらゆらゆら、、、
> 時空を超えて自由になれるはずなのに、、、
> その一歩手前みたいなところにいる自分に
> はっとしてちょっと不思議な感覚になりました。。。


まだ見ぬあなたとのこと10.16 再録11.14

2010 10/16 02:48
まだ見ぬあなたとのこと

いつだったかの秋の夜、こんなことがあった。
“天然の日本。光篇”を見終わって
いきなり号泣された。
号泣が激しくなりソファを叩きのたうち回った。
30分くらいつづいただろうか。
なんどもなんども悔しいと吐き捨てながら。
気が狂ってしまったのかと思って
怖くなりかけたことをあざやかに憶えている。


その仕事は、その夜から十年も前のものだった。
狂乱の後、ながい沈黙があった。
そして、許せないといわれた。
十年前に、このしごとをあなたがして、
そこに自分がいなかったことが
口惜しいのだ、と。
わけがわからないままに
どこかで理解している自分もいた。
そのことに気づいた時、おれも慟哭した。
そういうことが、たしかに、あった。
過分な感想や身に余る反応を
いくつももらってきたが、
あんなふうに物理的な変化に相対したのは、
ただ一度だけ。
天然の日本がdigitalJapanesqueへと
踏み出した、
あれがほんとうのきっかけだったような気がする。

【視覚】について書かれた短いコトバを
なんども読み直しながら、
digitalJapanesque、
ほんとうに扉を開けたのだと、得心した。
その小さな弾みとなっていたのが、
たぶん茂木健一郎の【夕日】への渇望と、
それに続く風景論だっのかもしれない。
【終わりから始める】というsunsetシリーズは、
ほんとうに始まったのだ。そう確信。


メディアのトップページの冒頭に
【まだ、わたしたちが
お会いしたことのないあなたへ】
と書いた。そのお目にかかったことも
言葉を交わしたこともない
未知の【あなた】との間で発生したとしか思えない
幻影のようなクロスディゾルブ。
そんなふうに今夜は思った。
十月十五日上弦の夜。

@kenichiromogi 
虫がさ、一生懸命鳴いているよ。
もうすぐ死んじゃうよ、
もうすぐ死んじゃうよ、って鳴いているんだよ。
@kenichiromogi: 車窓の景色を眺めていた。
美しいかたちの山があった。
こんな山が近くにあって、春も夏も、
朝も夕暮れも、晴れも雨もそれを眺めて
時が過ぎていくような、
そんな暮らしをしてみたい。
@kenichiromogi 
さいごに夕陽をじっくり見たのは
いつだったかなあ。
@kenichiromogi 
ざわ(4)夕暮れ、街を歩いているときに、
何とも言えぬ不安に包まれることがある。
自分を包んでいる社会的文脈がほぐれ、とけ、
たった一人で世の中に
放り出されているかのように感じるのだ。
そのような時、胸の奥が、
甘美にざわざわとし始めるのがはっきりとわかる。
@kenichiromogi 
ざわ(7)希望と不安は、とても近いところにある。
不安が希望の母なのであり、その逆ではない。
まずは自分を胸がざわざわする不安の中に
置かなければ、
希望も生まれようがないのだ。
@kenichiromogi 
ざわ(8)南の島に着く。ジャケットを脱ぎ、
靴下を放り投げ、時計を外す。
次第に裸になっていく。風や太陽と友だちになる。
あの時のように、自分を包んでいる社会的文脈を
一つひとつ脱いでいくことで、
初めて私たちは「不安=希望」の
夕暮れ時にたどり着ける。



柿と栗と芋とThanksgiving

ずいぶんひさしぶりに
J・ウィンストンの【ディセンバー】を

探し出しリピート。
【天然の日本】をまとめたころに
大熊ビルの4階でよくかけていた。
四季の中でこの4枚目がいちばんよかった。
凡庸さの底に冬の空気だけが醸し出す
凛としたはりつめた気配がただよって

飽きることがなかった。

冬のロケで北国に行くと、
出発前の慌ただしい時間の中に、
ピーンとした静止した時間を感じる瞬間がある。
たぶん、凍りついたものが壊れたり、
落ちて別の凍った葉や地面にあたる音なのだと思う。

そんな音を感じると、時が停止する。
そして音楽が聴こえてくる。
その音楽が、一時期、彼のピアノソロだった。
時間にすればほんの瞬間。
まばたきする間だったとは思うが、
短い【永遠】でもあった。

どんよりとした秋の日曜日の午後、
抱え込んだ問題に対処しようと

腕組みをしながらしたことは、
ディセンバーのリピート。

特に冒頭の♪Thanksgiving 

逃げるのではなく、静かに対処したかった。
3回リピートした。胸のざわめきも鎮まった。
やれることをやってみようと思い立つことができた。

柿と栗と薩摩芋で朝兼昼にした午後。




おれは、まだ生きている(苦笑)








2010年11月12日金曜日

涙。勝利。錯乱。re born【想】

出がけにツイッターで読んだ
脳科学者茂木健一郎のつぶやき


「一緒に泣いた人は、
きっと心の奥深くで
最も深くつながることができるよ。」









11.13未明
で、指折り数えた。

風と走る
風のササヤンカ村
もも
ある秋の夏休み
水の惑星/むじなの森
ある秋のクリスマス
southparadise/奄美越え
雪だるま作戦
母と娘のプラネタリウム/未完



しぼりこめば、たぶん指二本。
いい反応をもらいながら、
しかし今夜はひどく、せつない。

おまえはなにをしてきたのだと
どこか、で見知らぬ自分の声がする。

仕事をしてきた時間のなかで
ただひとりだけ
おれのコトバを文字通り正確に理解してくれた
畏友Mr.K。
彼に、ぐちだらけのメールを一通。

古河の仕事で
まともに組んでみたかった。
これだな、というスケールの仕事をさせたかった。
そしてその成功を肴にバカ笑いの夜を過ごしたかった。
仕事と遊びとを、彼となら完全に同調させられたはず。

映像という枠ではじまった世界は
その枠をいつまでもはずしてはくれない。
アタマの中が爆発しそうだ。

100を30で生きていくことが
ラクではなく、これほど疲れることになるとは
ほんとうに知らなかった。

勝ったと書き、行くぞと掛け声をかけながら
力のすべてが消滅していく…そんな夜だ。今夜は。




11.13 13:17
駐車場。街路の淡い明かりが
ほとんど届いていない暗闇。
では、と頭を下げ上げたとき、
まだ彼の体が起きていないことに気づいた。待つ。
数秒のことだったろうが、長かった。
黒い塊が目の前の腰の辺りにあった。
体が起きた。表情はまったく見えない。
離れた。
車を走らせてから
あのときを思いだすな。45度の夜。
とつぶやいたら
直角に見えましたよ、と。
だから、腰の辺りに塊が…
と思ったら、彼が、その瞬間に
あの夜を再現したのだと腑に落ちた。
それも、あの夜よりもさらに深く折って、託した。


あの日、おれはひとつの選択と決意をした。
決意は3年後にカタチを結んだ。
選択は7年後に結果となった。


結んだカタチは7年をかけ育ち
ほぼ盤石と思えるものになりつつある。
もしかしたら彼とおれの約束と役割は
もうあの場所では役目を果たし終えたのでは…
そんなふうに感じることが多くなっていた。


九月の初めにかかってきた唐突とも言える
♪smileについての話しから
すこしずつうねりがはじまり
【歳月篇】という結晶に至った。
あの街でのおれの役割は果たせたな、
これでいいのだと、別れる瞬間まで
いくらか寂しさもある達成感に浸っていた。


しかし
あの暗闇の中の辞儀の再現は
いやさらに深かったそれは
【歳月篇】という映像の完成などではなく
運動体としての【Dfactory】の
新しいディメンションを
再構築していきたい
まだ、【その先】があるはずだ。
もういちど一緒に行かないか
という意思の表明とともに
差し伸べられた手、ということなのだと思う。


そのことが、いまのおれには
重すぎたのかな、と夕べから未明にかけての
自分の意外とも思える弱気と混乱を
たどりなおしながら考えている。




引くか。進むか。
ここが、岐路なのだ。
きっと彼にとっても、おれにとっても。


その互いの岐路で、手を出された。
握り返せなければ、この十年が霧消する。
すくなくとも俺の十年は闇に沈む。




ならば、握ろう。
「夢」ではなく、
おれの「幻」の旗を
胸の底に掲げよう。
その旗の文字は【想】。






♪夜霧のブルースでいくしかねえな、そう了解。
一晩の錯乱のあげく、たどりつけた
これが、 ましこ的結論。




Japanesqueの端緒を
【終わり=慰藉と再生sunsetseries】で切ったのだ。
Re BORN 平仄もしっかり合っている。


          2010.11.13 昼 T.M
















2010年11月10日水曜日

ひとは、どんな瞬間に家にかえりたくなるのか

2010.11.10湯治ML02427

ところで今日、3Dテスト撮影をしていたものは
2Dとしてもつかえるよな?
いい夕焼けだったね、2日続けて。

撮ってます、とおれに自慢するためだけに
メールと写真をくれたワケではないよね(*⌒O⌒*)

ここまでは、撮影部長岡さんへ
以下は、みなさまへ

みんな、夕日タイム、家路タイムの撮影は
冬はなぁ…と不安がるけど

ほんとうに「ひとが家にかえりたくなる」のは
木枯らしが吹いたり、足もとで落ち葉が風に舞ったり
襟元を合わせ首筋をなぜる北風から身を守ろうとしたり
そういう季節がいちばんなんだよね。
どんな家でどんな時間が待ち受けていようと
ぽつりぽつりと灯りはじめた街明かりや
家々の明かりを目のはしにとらえる数が増えるたびに
「あぁ、家にかえろう」と吹き出しが浮かぶんだと思う。

冬は、日が暮れるのが早い。
街の明かりも家の明かりも
そのぶんだけ早く灯る。
空気は乾き、濁りなく
低いあたたかみのある光線が
さむいこごえる世界をほんのり染める。
だから、冬。

夏なんて
7時をすぎて明かりが灯り出すと
よし、どっかに寄っていこう…
ってなってしまう。
春も秋もまたおなじ。
そぞろ歩きが恋しくなる。

だから、冬。

12月上旬から中旬にかけ
どんな「家路タイム」をゲットできるか。
それが、おれのこの晩秋の最大の課題。

いま、少しでも可能性のある

「家路タイム」を手に入れるために
いっしょうけんめい想像をめぐらせているので
どんなヒントでも欲しいのだ。

思い描いているのは「動詞」的世界。
動詞でくくれる3つ、あるいは4つの
典型的な「家路タイム」。
動詞でくくるということは
老若男女、国籍不問で
思い描ける「家路タイム」であります。

ニッポンで
オーストラリアで
アメリカで
ロシアで
中国で…

誰がいつどこで目にしても
「あ、家にかえろう」
そうぽつんとつぶやきたくなる情景。




2010年11月7日日曜日

夕日関係素材 11.7現在

夕日関係の参考ムービーです。撮影はいずれも倉持さんです。

4.うみ。奄美大島 7月

5.の。若草山 7月

6.まち。京都郊外 7月

7.やま。田沢湖 8月

8.やま。岩手山 8月

9.かわ。多摩川 9月

10.かわ。隅田&荒川 9月

11.かわ。利根川 8月&10月

12.さと。南会津  12月

13.空港 7月

14.郊外 7月

15.土手 9月

16.郊外 7月 郊外 夕焼け▷雷雨

17.灯台 3月

18.海 3月

19.遊水池 6月

20.高原 9月

21.秋の雲 10月

22.水田 6月

23.遊水池の夕月 6月

24.山の夕/青 8月

25.天体観測の夕 8月

26.花火の夕 8月



2010年11月4日木曜日

11.1午後のもうひとつの気配

タイトルをクリック⤴
1日の夜景スタンバイまでの空き時間に撮った「なつかしい川のある風景」と同じ場所で撮ったものと、少し手前の空き地で撮った街の遠景を合わせ、あかりやがくれた♪bird2タイプをずらしてあてた。その日、不安定な大気の状態が、こうした2つの表情を、ほぼ同時に見せたのだと思う。これもまたひとつの【sunset】。これで均衡がとれた?

ゴマカシテイタノカ

あたった。と、思った。われながら凄えな、とも。で一夜。リアクション、ほぼゼロ。あったひとつも俺の想定とは解釈が微妙にずれていた。どうも、はずれているらしい。もういちどwebムービーをチェック。夕べほどの興奮は去ってはいるが、やはり悪くない。しかし反応がない。おれの視点と、周囲の視点にズレが生じはじめているということ。通じなくなってきた、ということ、か。秋の夕日は、つるべ落としというが、あるいは俺は、その落日。13日戦争などと、意味のないもっともらしさをことさらに強調しながら、自分の劣化をゴマカシテイタノカ。賞味期限切れ。この無響は、しかし、こたえた。1時に銀座で、初顔合わせががひとつ。3時に新宿でこのあとの撮影打合せ。初顔合わせに、どんな表情を浮かべていけばいいのか。途方に暮れる。


19:00
出がけに10分あったので禁を犯し美術Oに電話。OK。ホッとし、銀座へ。ビルはあっていたが階数をまちがえ行きつ戻りつしつつ、たどり着いた。初対面だが、そう思えない雰囲気のひとだった。オリエンシートを見せてもらう。クライアントは想像どうりだった。時間さえあれば、たぶんはまっていた、そう思った。Japanesqueのことを話し別れた。気持のいい顔合わせになったと思った。新宿へ。40分ほどあったので缶コーヒーを買ってきてもらいクルマの中で時間を潰した。5分前に23階へ。吹き抜けで、落ちたら一発だなと想像しながら時間調整。と、声をかけられた。一瞬わからなかった。設計部のTさん。ひさしぶりだった。会う度に美しくなってるなと、後ろ姿を見ながら。撮影部Nに電話。恥を忍んで問いただす。OK。これで二人目。時間。向かおうとしたら宣伝部のKさんに声をかけられ案内してもらう。プロデューサーが来ていなかったので座って待っていたらMさん。立ち話。とても褒められる。飼い主と久しぶりに会えた愛犬のような気分。OK。これで3人。3人目は総責任者。タガがゆるんだ。ため息つきながら座り込んでいるところにHさん。うながされ打合せルームへ。23階で会ったの4人ともすべて女性。なんだか秘密の花園に迷い込んだようだと幸運をふり返っていると、どかどかとプロダクションご一行が…
寝起きの40分は、しかし奈落の底だった。考えてみれば、夕べの今朝。あたりまえのいつものことではあるのに、なぜかひさしぶりに焦れた。Oの声音もNの声音も、まっすぐだったので解消したが、なぜあんなにぶれていたのか、ちょっとふしぎ。それにしても顔寄せて「よかったすごく」とささやかれた瞬間は、アタマが真っ白に。外観を見せない、いきなりダイニングから、1カットの異常な長さ、3分30秒で9カットなど、文法破りばかりのまとめ方をしただけに、担当者のこの感想はなによりだった。先のことはともかく、達成したのだと、実感。そのあとの2つの打ちあせもはずむような気分で対応できた。外に出て、湯治部に8日からの第二陣開始をメーリング。こんどは13日ではなく正味2ヶ月の長丁場。同時にJapanesque/サンセットシリーズの具体化と「うつくまし相聞」が重なる。さらに年末から夢テアトルがオーバーラップ。寝起きは、どうしてもOKの連発を聴きたかった、そのわけがたぶん今後の展開に。メーリングを出して7分後にNから「撮影部スタンバイ」と返信。これが、奈落からはい上がった午後から夕方にかけての顛末。




銀座は、【可能性】と【可塑性】。
新宿の2つの打合せは【深化と拡大】そのもの。
それともう1つ。これは余談ではあるが、A経由でバレていた(苦笑)。
苦笑と書いておくしかない。戻って内容を確認。これは、まずいだろうと思ったが
文字通りの後の祭り。なかばは仕事を突破していくために書いたはず。
俺には、ギャラのほかに【理由】が、要るのだ。
いや、【理由】を見つけられると、先に向かう力が湧く、か。
それが、そのまま理由だった。はず。
ふたたび読み返す。
これは、弁明しようもねえなぁ。
とも。


ま、書いてある通りだった。
行間も字間もない。あきれるほど、そのまま。


仕事のバネに転化するしか、ない(苦笑)。
赤面。が正しいが。







2010年11月3日水曜日

ひとは、家にかえってゆく。

ショートムービーをつなぎながら、涙があふれとまらなくなった。やべえなぁと思いながら手嶌蒼の♪家族の風景を仮あて。さらに、あふれる。「ひとは、家にかえってゆく。」七年間、日英中三カ国語versionのラストをしめた一倉さんの一行。よほど入れようかなと迷いつつ、さすがにOK出しだった、とやめた。ひとの数だけ、人生がある。うれしい人生もかなしい人生もくやしい人生もゆめのような人生も、どれもあなたの、あなただけの人生なのだ、と、耳元でささやいて肩をそっと叩いてやれたら…そんな一本をつくりてえなぁ、と夢想していた。古河の四季篇は、そのひとつの答えだと思っている。が、答えは多彩。ひとの数だけ、異なっている。そんなあたりまえのことに、今夜あらためて気づかされた。だから、おもしろいんだろうな。仕事も人生も。YouTubeにupするのに1時間あまりの表示。20分でつないだものがレンダリングで1時間。webへのupに1時間。なんか間尺に合わせない気もしますが、おかげでティッシュ一箱、空にしただけで終わりそう。さてみなさんが、おれのような反応をするのかどうか。どうでもいいけど、すこし気になる。公開マスターベーションしちゃっているような思いもいくらかはあるので…ま、いいじゃねえか、とも。


22;00
メーリングの終わりにコピー。公開マスターベーションは削除。さすがにクライアントも読むわけだからと自粛。時間が経つと、興奮が覚めていく。それが悩みのタネ。さまさず、さめさせず。その塩梅が、な。13日戦争と書き、閉じるとも書いたが、実際の曲折は、ここからはじまる。グラヴィス、静岡、三田もだが、なんといっても企業PR。一倉さんとのガチンコ。今日の一宮shortは、その予行を兼ねた。昨日の川の風景を明るいトーンでまとめたのもそのため。5日の梅田次第で本腰となるか流すことになるのか判明。ま、スタンバイOKとしたい。現状、何でも来いの心境に。13日はダテじゃない、と言い聞かせておきたい。怠惰なおれに。では、揚令伝最終巻とハワイコナとタバコを手に風呂に入る。長岡推薦のクナイプ。今夜はワコルダー。長湯用iPodは♪別れのブルースをエンドレスで。

山家流【無呼吸移動】

素材のOKだしが終わり、レンダリング中。「七人の小人スタイル」と現場の思いつきで笑ったけど、じっくりチェックしてみても正直、どこで誰が何をどうしたのか見当もつかない。ベースで見ていてNGの瞬間に床にはいつくばったスタッフがちらっと見えたから想像できたようなものの…特機もさることながらカメラマン自身も相当めんどうなことをしている気配がカメラマイクを通して伝わってくる。ムービーでしかできないカット。というしかないな。トリッキーさではなく、ね。余分をギリまでフレーム単位で切ってみたけど、それでも60秒を2秒こえていた。4段階のクランク、そのあいだフレームレベルのぶれもなし。その場の工夫にしてはというより、事前に時間をかけてリハを重ねたところで出たとこ勝負だろう。それにしても6月の古河まビー・サイエで【無呼吸移動】と名づけた超スロー移動を山家さんにお願いし成功してから、徹底して【スローリビング】用に使ったけど、あたりだった。山家さんがスキューバダイビングの達人という情報がなければ頼めなかったけど。ひと足おさきにと暮れなずむ一宮で別れ、東海道を戻って今日は仙台の現場に行っているはず。おれはあの人に雪崩事故の時、助けられたのだ。それなのに「呼吸しないでガンバレ」なんて無謀な注文をつけて、すこし反省。

七人のこびと作戦成功の夜に

品川でスタッフと別れ、改札の手前で志賀さん達とも別れた。どこかに座って休みたかった。泣きを入れるが、疲労困ぱい。くたくただった。ベンチを探した。ない。休むためには、新幹線の構内に戻り、あの無味乾燥をカタチにしたような待合室を目ざすしかない。で、あきらめコーヒーショップに。JRは、いつのまにかあちこちからベンチを取っ払い、人間をなめ切ったようなどこにいっても金太郎飴のごとき駅の光景をつくってしまった。新幹線の座席はしんじられないほど窮屈だし、3人掛けの真ん中など冗談としか思えない。ため息を百くらいつきながらくそまずいコーヒーを飲んだ。タバコを3本。奄美の暴風雨と台風14号並走と10℃を切った真冬日と昨日未明の東京大雷鳴と竜巻と突風被害…21日から今日2日までの13日をふり返った。金沢、博多、尾張一宮。いずれも一睡もできずもんんとしながら本番を迎え、乗り切った。家に戻り、熱いシャワー。気温は低いようだったけど、身体の芯に熱いものが居座って離れず。さましているところに渡辺から電話。素材を持ってくるという。明日にしようと言いかけ、コトバをのみ込んだ。長岡から渡された撮影データをのぞみの最前列で電源を取り名古屋からずっと変換しつづけていた。品川に着いた時に保存が終わらず、降りずに東京駅に。その渡辺が届けますからというのだから、いいよとはさすがに言えず。おれもまた、ちょっとでも確かめたい気持が。で、昨日1日のスタンバイ中に撮った「まち」の一部を2分あまりにまとめる。金色のすすきのカットをmotion/pictureとして1シーンでいこうと思ったが、ふと気が変わった。足もとに咲いていたオレンジの名も知らぬ小さな花と淡い紫の花、昭和の風景のような1カットを追加し、雲を添えた。川音だけでいってみようと思ったが、手嶌の「家族風景」をあててみたくなった。iTunesからあてる。後半を1分カット。おだやかでなつかしくてなつかしくなるような「金色の時間」が見えた。どこにでもありそうなあらためて見つめることもないような変哲もないまちのかわりばえのしない川の姿と古びた街の光景。きのう、なぜ、ぼくたちがあの光景に魅かれ、むさぼるように収めていったのか、自分の胸の底にある何と共鳴しあったのか、わかったように、思えた。仕事の成果は、明日にまわしたい。これからとろけるような夢も見ない眠りをむさぼり、カラダの痛みが消えていたら、魂を込めて今日の成果を切り出したい。だから、やすらかな眠りのために、今夜は「川のある風景」だれもが目を閉じると思い浮べるような、なつかしくちよっとせつなく美しいショートムービーを、まず13日を戦えたおれ自身にささげてやりたい。それからたぶんこの時間には家にたどり着いたはずのクルマチームに、さらに尾張一宮で後始末のために居残った美しく食欲旺盛なひとりの女性と数人の森の小人たちのような美術チームにささげたい。26人のすべてがそれぞれの場所でやすらかで満ち足りた眠りにつかれることを祈りつつ。愛こそ、すべてだ。

2010.11.2夜 T.M拝


※11.311時追記
OKだしをしながら「七人の小人作戦」という名のきかっけのカットを繰り返しチェック。
うまくいかないだろうという前提というのもおかしいけど
もし、すべてがうまくいけばと、という申し合わせで試みたシーンだった。
床に何人のスタッフがはいつくばってたのか不明だが
なんど再生しても仕込みの気配はゼロ。
動感と期待感にあふれた素晴らしい移動シーンになっていた。

七人の根拠は、こうだ。
カメラマン、撮影助手、特機二人、床這い二人、制作。
この七人の呼吸がちょっとでもズレていたらNGだった。
約60秒の無呼吸移動。おみそれしました。

知るかぎり、4人が目撃した紅蓮。

その真っ赤な火の玉のような夕日に気づいたのは抜けにわずかに見えている空の青が消えるまえに撮ろうとスタッフがしゃかりきになっている時だった。テラスの端でふと目を上げたら屋根の間に沈む火の玉の上1/3が。スタッフに言ったら集中がもたなまなると思い、近くにいたクライアントを呼び、教えた。彼女もまた目を丸くしてコトバを失っていた。火の玉は、あっというまに沈んでいった。あんな赤を見た記憶がない。鮮烈だった。名古屋で飯を食いながらその話をしたら、倉持さんが気づいていた。倉持さんに教えられ渡辺も知っていた。その夕日を撮った携帯写真を見せてくれた。こんな色じゃない。まったく違うとつぶやくと、倉持さんが、光が強すぎて色が出ないのだ、と教えてくれた。知るかぎり現場で4人が目撃したことになる。台風13号が崩れ前線と衝突した奄美災害からはじまり台風14号ときわどいすれ違い、竜巻突風の大被害と、金沢/福岡/一宮のピンポイントロケは、異常な気象の隙間を縫うようにして過ぎた。ニッポンの四季の終わりの始まりとなるだろう2010年という年らしい秋の3連戦。なんとかすべて、突破した。そのラストを飾るのに、ふさわしい、紅蓮。くたくたに疲れはしたけど、ま、ふさわしい。いつか撮ってみたい、赤。

2010年11月2日火曜日

一宮の空と雲のこと 10.11.1

一宮にて。
浜松を通過したあたりからも青空。
現地に着いたのは2時過ぎ。
スチールが佳境だったので
下見をした後、近くの空き地へ。


雲が、夏と秋と冬。同居。


この一ヶ月、サンセットに取り組んで学んだ
「街」を入れ込む、をさっそく試す。
不細工な電線も、パッとしない家並も
変哲もない用水も、すべてが人の営みなのだ。


で、空に挑む。
見たこともない、と書いてしまえば
身も蓋もない。
でも、見たことのない、そういう空の景色だった。


空がというより
倉持正美というひとりのキャメラマンを通して
切り取られた「空の風景」が、
背筋が寒くなるほどの
叫び出したくなるくらいの
言葉にしがたい、透明さに満ちていた。


ぼくの仕事は
彼の耳に聴こえるようにため息を吐き
ときおり、いいなぁ、とうなってみせること。


空き地から歩いて数分の小さな川べりに。
そこでもまた、時間と場所を忘れ去るような
こころの箍をはずされてしまったような
じぶんの胸の中にしまいこんでいた
原風景のような「まち」の風景が。


足下に咲いていた小指の先ほどの
小さなちいさな赤い花を
うずくまるようにしてとらえた。
秋の終わりの風に揺れる名も知れぬ花が
昨日、ひさしぶりに観た緋牡丹博徒の
凛冽なせつない美しさをよみがえらせた。


一時間あまり、散歩のおりに
ふいと切り取ったようなどこにでもあるような場所で
だれも見たことのない しかし
だれのこころにもひめられているような
うつくしく鮮烈な秋の夕を、撮った。


現場に戻り、夕景の準備にかかった時
立ち上がれないほど疲れていることに気づいた。
おれもまた、彼とともに戦っていたのだと
ふと、思った。


撮影;倉持正美
CA;矢野まい
VE;長岡茂樹


立ち会い
渡辺、鈴木、宮島、益子















2010年11月1日月曜日

♪奄美越え関係者へ

おきさんは無事。
仕事に復帰したようだ。
取材に出たことをさつきwebで確認しました。
これからが正念場だとは思うが
まずは安心してください。

おれはこれから天城越えを3回リピートしてから
明日の一宮ロケに備え、早寝するつもり。

なお、天気予報をチェックしたら
明日現地入り予定時間の14:00以後晴れマーク。
明後日は終日晴れマーク。
金沢、福岡ときた連勝は、そのまま継続できそう。
ま、負けたら終わり、というのがフリーの辛いところだが、
おれは負けない。ねじ曲げてでも勝ちにしちゃうからね。

何人かは、明日の新幹線かダイレクトに現地で会えるね。
サンセット12タイトル終わったし奄美のオキさんも無事だったし
うまい飯でも食いましょう。

では、一宮で。再見。

2010年10月31日日曜日

冬の嵐が過ぎた。三十一日目、12タイトル目を決めた。





10月1日にvol1として
京都郊外の住宅街の「夕焼け」を
【まち。】の名ではじめた
12本バトルも紆余曲折を経て、
31日、10月の終わりには
「吹雪の日暮れ」を【さと。】として閉じる。
数えれば、三十一日。みそひと。
最後の一本を【相聞】とした理由?




街と里の黄昏どきのあいだに
【やま。】【うみ。】【かわ。】【の。】を配し、Japanesque_sunsetseries basicversion12title、
荒編集、これにて完成。




では、各方面に売り込みにかかる(*⌒O⌒*)
たのむぜ、みなさま。
記憶に留める仕事の機会を
お見逃しなく。
刮目して、おれの訪いを待つように。


        2010.10.31 16:16  
                                  真冬の台風が去りしのち T.M